ブラックフライデー開催

人前で話せない子どもだった私

場面緘黙症

ティナ
ティナ

はじめまして!

このブログの管理人ティナと申します。

私は人前で話せない子どもでした。

話せないと聞くと、

  • 恥ずかしがりやなだけ
  • 引っ込み思案なだけ
  • 人見知りなだけ

と思われがちで、実際私も大人になるまで

「人より引っ込み思案の度合いが強すぎるんだろな…」

と思っていました。

そんなある日のこと。

なにげなく見ていたテレビから流れてきた言葉にドキッとしました。

人前で話せないには症状名があった

NHKの番組だったと記憶しています。

そこでは「人前で話せない」がもしかすると、「場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)」という不安障害の可能性もあることが指摘されていました。

場面緘黙症とは、

  • 特定の場面で話せない状態が長期にわたる(一か月以上)
  • 家などでは普通に話すことができる
  • 思うように身体が動かせなくなる緘動という症状が現れることもある

というもの。

場面緘黙症?!私の場合

私の場合だと、話せなくなる特定の場面は学校。

話せない期間は幼稚園から中学校一年までの8年間でした。

家族や近所のおばちゃんとは普通に話すことができました。

ただ、授業参観などで親や知り合いが学校にきて、不意に話しかけられたりするとなにも答えることができません。

一度近所のおばちゃんに声をかけられたことがあったのですが、クラスメートの手前受け答えができず、無視するような形になったことがありました。

あとから聞いたところによると、母親に「あなたの子供に無視された」と言っていたそうです。

今なら、悪いことしたな~と思えるのですが、当時は慣れ親しんだ近所のおばちゃんに自分の存在を全否定されたような気分なってひどく落ち込みました。

ティナ
ティナ

かなり自分勝手な解釈ですね汗

それから、身体が思うように動かせなくなる緘動。

これに関しては、表情が作れない、笑うことができないという限定的なものはありました。

人前で話せない子どもに明るい未来を

私が「人前で話せない自分」に症状名があることを知ったのは偶然だったのかもしれませんが、この偶然をどうとらえるか?ということは常々考えていました。

ティナ
ティナ

不安障害の一つだったんだから、仕方ない。

と、なにもかもうまくいかない自分への「免罪符」にする?

ティナ
ティナ

不安障害の一つだったのに誰も対処してくれなかった。

と、うまくいかない出来事のすべてを外部の責任にする?

それとも、

ティナ
ティナ

場面緘黙の人ってこんなにたくさん。私だけじゃなかった。

と、この苦しみを味わっているのが自分一人じゃないという安心感に浸る?

実はこれらすべて、場面緘黙症を知ってから私が実際にたどってきた道です。

場面緘黙を克服しても後遺症がひどく、ただ「しゃべれるようになった」というだけで、内面にはびこる恐怖心は一向に消えていませんでした。

立ち向かわなければならないなにかがあると、その恐怖から逃れるために上記のような心理状態を繰り返してしまうんですよね…。

そのたんびにただでも低い自己肯定感がダダ下がりして、あらがうすべがないのなら「消えてなくなる」方法を探そうか…と極端な方向に行ってしまったり。

子どものクラスにいる誰とも話せない子

そんな折、長女のクラスに「誰とも話さない子」がいることを知りました。

話を聞く限り、うなずいたり笑ったりはするけれど、しゃべったり授業での発表はまったくしないとのこと。

それはしゃべらないんじゃなくて、しゃべれないんだよ。

でも、声をかけてもらえるのは嬉しいんだから、返してもらえなくても何か話しかけてみたら?

とアドバイスしたのですが、長女自体が物静かなタイプなので、なかなかアクションを起こすまではいかず。

実際に授業参観に行くと、先生もその子が発言できないのを知っているので当然のようにその子を抜かして、ほかの子を指名していました。

ティナ
ティナ

先生!発言しなくても、一応名前呼んであげてよ~!

場面緘黙児は「話したいのに話せない」のであって、自分の意思で話さないわけではありません。

先生としては「無理強いして困らせるのはかわいそう」という判断だったのでしょうが、私の経験からすると、まるで自分がクラスの一員と認められていない、いてもいなくても変わらない存在と思われているように感じ、疎外感に見舞われることのほうが圧倒的に多いんじゃないかと思います。

そして数年後、娘の転校先の学校に再び場面緘黙症と思われる女の子がいることを知ります。

場面緘黙の発症率は約500人に一人と言われているので、とくに珍しいというわけでもないのでしょうが、なんとなく…なんとなくですが、

私の子育て人生において二度も出会うということには、それなりの意味があるんじゃないか?

と思えてきたのです。

ティナ
ティナ

うぬぼれって言われたらそれ以外のなにものでもないんですけどね(苦笑)

人前で話せないと悩んでいる子の力になりたい

  • 場面緘黙症をうまくいかない人生のいいわけにする
  • うまくいかない人生を他人のせいにする
  • 場面緘黙に苦しんだのは自分一人じゃないと安心する

自分が場面緘黙だと知ってからの私の人生はおおよそこんな感じでした。

しかし、二度も現れた場面緘黙症児の存在を前に、当事者である私がただ傍観者に徹していていいものだろか?という思いが強くなりました。

ろくなケアも受けずに大人になった私が経験してきた苦しみの数々…

うつ病、対人恐怖症、強迫観念…。

思い出すのも嫌になるくらいなので、このブログでは特に書いていくつもりはありませんが、そういうつらい経験を「引っ込み思案な性格」と片付けられてしまっている子たちに味わわせるのはあまりにも酷じゃないだろうか?

なら、私が場面緘黙を克服したときの話を書いて、今現在苦しんでいる人たちのお役に立てることはできないだろうか?

…ということで、このブログを立ち上げました!!

場面緘黙症は早期ケアが大事!

様々な方面で言われていますが、場面緘黙症は早期ケアが何よりも大事。

放置して改善するというのはなかなか難しいんじゃないかと思います。

実際私は喋れるようになってからのほうが、人生ハードモードでした。

長年の得体のしれない恐怖心、ネガティブ思考、自己肯定感の低さが改善されたのもここ2、3年のことです。

「ああ、私この人生楽しんでいいんだ!」

と思えるようになったときには人生の後半戦が始まっているという…。

ティナ
ティナ

人生はたった一度っきり。せっかく生まれてきたのだから苦しみだけで終わらせてほしくない!

私のように、人生の若く一番輝かしいときを棒に振らないように、このブログにたどり着いてくれた方には、できるかぎりの情報を提供できたらと思います。

「ソラくんと私」とは?

ブログタイトル「ソラくんと私」のソラくんってだれ?

と思われかと思います。

現在、私はインスタグラムのほうで「ソラくんのせかい」という場面緘黙を題材にした物語を書いています。

私の絵力だとなかなか人物画がうまく描けず、主人公はみんな「ネコ」(笑)。

場面緘黙で苦しんでいるネコのソラくんのお話に、私の場面緘黙の体験や克服のプロセスなどを織り交ぜていけたらな~ということで、このタイトルにしました。

場面緘黙をみんなに知ってもらいたい!

と思っても、なかなかインスタだけで完結させるのは難しい~!

んですよね…

ということで、ぜひぜひインスタのほうもフォローしていただけると嬉しいです!